園長雑感 【収穫感謝礼拝】~ 行事消化のための行事実施でなく 目標達成のための行事実施を ~

query_builder 2022/11/15
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 「暑い暑い」と言っていたのはつい先日であったような気がし ます。 しかし最近はめっきりと冷えこんできました。 深まってい く秋を感じます。

“秋”は様々に形容されます。 「灯火親しむ」「読書」「芸術」 「スポーツ」「実り」「天高く馬肥ゆる」・・・  そう、「実りの秋」 です。

昨日、明後日金曜日実施予定の「収穫感謝礼拝」に向けてのリ ハーサルを行いました。 リハーサルですから、当然その場に野菜等 の“収穫物”は置かれてはいませんでしたが「みことば」朗読者、 「神様のことば」朗読者、「聖歌隊」担当の子ども、学級代表者の「感想」発表・・・  子ども達の動き、発表はバッチリでした。  当日は、立派な「収穫感謝礼拝」になるものと思っています。

ところで、いささか堅苦しく理屈めいてきますが「収穫感謝礼拝」はなぜするの ? そこで子ども達につけたい力は ?

もう随分前のことになりますが、私が本園の園長になって最初の収穫感謝礼拝の朝のことでした。 ひとりのお母さんが「・・・すみません。子どもに持たせるのを忘れていました」と言ってリンゴ1個を職員室に持ってこられました。 この日の朝、たしか3人のお母さんが「子どもに持たせるのを忘れた」とお店で買った“収穫物”を職員室に持ってこられたと記憶しています。

当時、本園では行事を滞りなく挙行するための「リハーサル」はやっていませんでした。 「職員会議」もない状況でしたので、まったくの新参者である私には収穫感謝礼拝がどのように挙行されるのか、その中で“リンゴ”がどのような位置づけになるのか、礼拝の中でどのような役割を担うのか・・・・ 皆目分からない私、園長でした。

勿論、日本各地津々浦々で行われる神社の春祭りはその年の豊作を願うお祭りであり、秋祭りは豊作を神様に感謝するお祭りであることくらいは実際の私の生活の中でかたく結びついて知っていることではありましたが・・・・・  

そのような私、園長がその日の「収穫感謝礼拝」が終わった後に考えたこと

◎「収穫感謝」の意味するところ、教育として目指すところは   

○植物を育てるために必要であり、欠くことのできないもの「太陽」「雨」「大地」「空気・風」等大自然に目を向け、そのはたらきに感謝の念を抱く   

○播種から収穫までお世話をしてくださる人がいることに目を向け感謝の念をもつ   

○キリスト教教育の立場から、前述のことを統合する意味において神様に対する感謝の念を醸成する

以上のような立場に立つ「収穫感謝礼拝」を実施したいと考えたのです。 いや、これらのことを「収穫感謝礼拝」の目標とし、その具現化をはかることが子どもの成長に結びつくことであり、教育機関としての幼稚園に課された使命であると考えたのです(もう20年も前のことではありますが・・・・ )。

現実問題としては収穫物“リンゴ”はお店で買ってこなければ手に入れることはできません。しかし、お店で買ってきたリンゴの向こう側に、3歳・4歳・5歳の子ども達が「太陽」「雨」・・・を見ることができるでしょうか。 「働く人」のことを考えることができるでしょうか。 おそらくNo! でしょう。

ましてや「・・・すみません。子どもに持たせるのを忘れていました」と言って職員室に持ってこられたリンゴの向こう側に“感謝すべきもの”を見ることは不可能なことではないでしょうか。

“感謝”の念は、自らの体験に照らし合わせ、思考操作の結果、心で感じ取っていくものでしょう。 知識として植え付けて「これで良し」とするようのものではないでしょう。 「わんぱく農園」をカリキュラムとして取り入れた所以です。(なお、わんぱく農園での体験活動の目的はこれだけではないことを付け加えておきます)

さあ、「収穫感謝礼拝」本番は明後日金曜日です。


      <大分 聖公幼稚園>