私、宮本は 3月31日をもって退職いたします ~ 聖公幼稚園 23年間ありがとうございました ~

query_builder 2024/03/18
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 先ずは、年長ゆり組32人、お一人お一人、そしてご家族皆様に御祝いの言葉を申し述べます。  

ご卒園、まことにおめでとうございます。衷心よりお祝いの言葉を申し述べさせていただきます。 

満3歳の時から4年間、あるいは3年、2年、1年間・・・ 人によって在席年数には違いがありますが、どの子も聖公での一日一日を「聖公教育」のもとに真剣に過ごしてきました。

特に行事展開の面でその傾向には強いものがありました。 その結果としての子どもさんの成長の姿が“本日の子どもさん”の姿そのものです。(この“園長雑感”」は卒園式当日お渡しします。)当然のことながらこの原稿は卒園式以前に書いています。(3月17日=日=)  しかし、確信をもって言えます。 明後日挙行する卒園式では『32人の子どもたち 一人一人は、聖公の子どもとして大きく成長したその姿をお家の方々を前にして堂々と発揮する、見ていただくことができる』と。  卒園児32名保護者の皆様、本日3月19日(火) 子どもたちは堂々と聖公幼稚園を卒園いたします。  

4月からはそれぞれがそれぞれの小学校に入学。 それぞれの学校、幼稚園とは異なる環境の中で大きく羽ばたくことをお祈りいたします。  


また、きく組、ばら組の子どもたち。4月からは「ゆり組さんになるんだ」「きく組さんになるんだ」「赤ぼうしになるぞ」と張り切っています。子どもたちが大きく大きく成長していきますように。  


私が聖公幼稚園園長としての仕事について23年が経過した。  

23年前の3月31日 大分県公立学校校長を退職。 その3日前、3月28日に大分市教育長から「・・・・・にいってくれ」と言われた。「えっ?それって何ですか?」と思わず聞き返しました。 教育長の「・・・セイコウヨウチエン・・・」がはっきりと聞きとれなかったのである。 それまで「聖公幼稚園」なんて聞いたこともなかったし、校長を退職してまさか幼稚園長になるなんて考えたこともなかった。 もちろんそれがどこにあるのかなんてことは知っているはずもなかった。

教育長の話では、聖公幼稚園は中島にあり、キリスト教系の幼稚園らしい。 これも意外なこと。 「ええ? キリスト教幼稚園の園長?」  

赴任して最初に理事長(当時は 武藤理事長)にお目にかかり挨拶。 「・・・ 私は仏教徒なんですが・・・そんな私がキリスト教幼稚園の園長でよろしいのでしょうか?」と言う私に対して「ああ~それでいいんです。・・・ 」とのご返答。  

校長を退職して、まさか幼稚園の専任園長になるとは考えてもいなかったし、ましてやキリスト教幼稚園の園長職を務めることになるなんて、夢にも思っていなかった・・・  

(むかしむかしのお話になるが)私の大学卒業論文のテーマは『宗教と教育』である。 このことについて「総括をしなさい」という各種宗教界神々の意向がこういう形にさせたのか・・・ 

とにもかくにも私の聖公幼稚園園長としての勤務はここからスタートしたのである。  


「園長として何をするのか」  

さて、園長としてなにをするか・・・・・?  自ら求めたわけではないので準備も心構えも全くない。  

幼稚園とは何か? はっきりと言えることは、幼稚園は保育所ではない。 学校教育法では小学校、中学校、高等学校などと同じ「学校」として位置づけられた教育機関である。 であるとすれば私がこれまでにやってきた校長のそれと大きな違いはあるまい。 校長の仕事は「教育課程の管理」「子どもの管理」「教職員の管理」「物の管理」「お金の管理」に整理される(某教育学者)。 幼稚園園長に課される業務もこれと同じことであろう。  

しかし、園長としてその仕事内容をしっかりと果たすためには、まずは「聖公幼稚園のこと」を小さなことまで漏らすことなく正確に把握しておかねばならない・・・・・。  

私が赴任した当時の聖公幼稚園は、園児数40名。園長を除く教職員は教師4名、事務職1名、バス運転手1名、合計6名。それに非常勤のオレンジクラス担当者1名であった。

この陣容で日々繰り広げられる活動・保育・教育の様子、あるいは行事展開の様子を、園長として出しゃばることなく観察していった・・・・・


 「うう~~~ん、こんなことじゃいかん。ここは保育所じゃない。学校だ。なのに・・・・。」  「大きな改革、そして先生方の意識改革を進めなければ・・・」これが私の得た結論であった。

先ずは「教育課程の管理」「教職員の管理」の面からである。  

このことを理事長に話し、了解をいただいた上で『5つの改革』を打ち出し、実施に移していくことにした。 

一つ一つについてはここでは述べないが、その中の一つ「教育課程の管理」に関わることで幼稚園として目指す子ども像を「生きてはたらく力を身につけた幼児の育成」「生けてはたらく力を伸ばす教育」とすることにした。 もちろん先生方の耳には初めて聞く“言葉”であった。  

「言うは易(ヤス)く おこなうは難(カタ)し」である。 当然のことながら「先生方の意識改革」「教師教育」からのスタートであった。  

この時以降、本園の教育目標は【 まわりの人との関わりを深めながら、伸び伸びと生活し、心豊かで、生きてはたらく力を身につけた幼児の育成を目指す ~ かかわり やさしく 心ゆたかに たくましく 】である。  

幸いにして、翌年の園児数は57名。 その後も順調に増えていったのは「改革」の方向が間違っていなかった、そしてそれを順調に進めることができたからであろうと考えている。


学校(幼稚園)は子どもたちの能力を伸ばすために、教科教育はもちろんのこと、いろいろな取り組みをする。 私は、それを大きく分けて「2つの取り組み」だと考えている。

他の子どもとは関係なく伸ばす「その子自身の能力」と、他の子どもと関わっていく中で育つ「社会性」である。 別の言い方をすれば「個」と「集団」である。 私たちが「人間」として生きていくために欠かせない2つの要素である。  

聖公幼稚園の教育目標はこの2つの面から迫っていくものである。


「子どもたちと園長」  

子どもたちは園長が大好きである。 園長は子どもが大好きである。 聖公では「園長のいるところいつでも子どもあり」と言っても過言ではない・・・・ いや、それはさすがに言い過ぎか・・・。 因みに聖公の子どもたちは私のことを「園長先生」ではなく「園長」と呼ぶことが多い。 園長と楽しく遊んでいる時、あるいは遊びたい時である。 そんな時私は「若様と言え」と返すのであるが・・・。  

「宇宙まで 飛んで行け~~~」や「お前は誰じゃ? 名を名乗れ!・・・・」遊びでは何人もの子どもが順番待ちの列をつくる。 

「静かに、カミナリ様から電話!」「お前のおへそ おいしいか?」では、その次の園長の行動に期待し、つかまらないよう我先に逃げていく・・・。

「園長先生、問題出して」「じゃんけん」「変な音を出しながら追いかけてくる園長から我先に逃げることを楽しむ」「何ができるのか? 園長が紙に穴を開けている。 興味深く見ていると・・・できたのはお面。 その面をつけた園長に追っかけられ、逃げるのを楽しむ」・・・・ 子どもたちと園長のあそび、挙げていけばきりがない。  

園長だって暇な訳じゃない。 やりたいこと、やらなければならないことは沢山ある。 忙しいんだ・・・・・ でも、これも子どもの園生活の一部。 子どもたちは楽しんでいる。 だったら園長がそのための時間を割くのは当然のことだろう。 幼稚園は子どもを育てるところ。 園長はその総括責任者なんだから。  


「先生方と園長」  

先生方にとって、この園長は「とお~~~っても怖い園長」だったことでしょう。 だから、あまり近づきたくなかった??? 本当は心優しい人間なんだけどな。  

でも・・・・ 怖いと思われたって仕方ない。 事実、そのような対し方をすることが多かったんだから。 ごめんなさいね。

でも、こんな園長もいていいんだと思っている・・・ オレの独善か  

しかしながら「人間の成長は、緊張しているときに成される」と言ってきたことは間違いではありません。 緊張状態の中で「研究」等を進めたのは間違いではなかった・・・・  


まだまだ書きたいことはいっぱいあるんだけど・・・・・  

私、宮本榮紀は、今月末3月31日をもって聖公幼稚園の園長職を辞することになりました。  

保護者の皆様方、ありがとうございました。皆様方のご支援、ご協力を頂いて「聖公の子ども育て」に邁進することができました。 心から御礼申しあげます。  

聖公幼稚園が、新しい園長先生のもと、大きく大きく発展していくことをお祈りいたします。


      <大分 聖公幼稚園>